ロボットコラム

食肉加工現場における包丁研磨作業の技能継承【第5回】

技能継承の新しい選択肢
〜包丁研磨の自動化という考え方〜

Robot Column Vol.9 ― A New Approach to Skill Transfer

人の技能を、未来へ残す方法は一つではない

包丁研磨の技術を、どのように次の世代へ残していくのか。
これは、食肉加工現場において、決して小さな課題ではありません。

技能継承の新しい選択肢

それは決して特別な悩みではありません。
人材不足が進む中、多くの企業が同じ課題に直面しています。

「教育や標準化は重要」

しかし、それだけでは対応が難しい場面もあります。 だからこそ近年は、技能継承を支える新たな方法にも注目が集まっています。
そのひとつが、「包丁研磨の自動化」という考え方です。

1 自動化は、人の技能を否定するものではない

「包丁研磨を自動化する」と聞くと、人の仕事を機械に置き換えることを想像する方もいるかもしれません。
しかし、技能継承という視点で考えると、自動化の意味は少し異なります。
自動化は、人の技能を否定するものではありません。むしろ、熟練者が長年かけて培ってきた技能を、現場に残し続けるための方法の一つです。

包丁研磨には、刃の状態を見極める力、研磨角度を保つ感覚、力加減、仕上がりの判断など、多くの経験が含まれています。
これらは簡単に言葉にできるものではありません。

 「このくらい」
 「もう少し」
 「刃先を見ればわかる」

熟練者にとっては自然にできる判断でも、学ぶ側にとっては非常に難しいものです。

だからこそ、技能継承は難しい。教えればすぐに伝わるものではなく、マニュアルに書けば完全に再現できるものでもありません。

しかし、その技能をすべて個人の経験に任せたままでは、退職や異動によって失われてしまう可能性があります。 自動化は、こうした属人化した技能を少しでも安定した形で現場に残すための手段として考えることができます。 人が不要になるのではありません。 人が持っていた技能を、現場全体で活用できる形に変えていく。
そこに、包丁研磨自動化の意味があります。

 

2 技能を「再現する」という考え方

包丁研磨の自動化で重要になるのは、単に包丁を研ぐ機械を導入することではありません。 重要なのは、熟練者が行ってきた作業をどのように再現するかという考え方です。

包丁研磨では、研磨角度や研磨時間、研磨する位置、研磨の順序、仕上がりの確認など、さまざまな要素が品質に関わっています。 人の手による研磨では、これらを経験的に調整しています。

  「包丁の状態を見ながら、力の入れ方を変える」
  「刃先の状態を確認しながら、研磨の加減を判断する」

作業者は無意識に行っているかもしれませんが、そこには多くの判断が含まれています。

自動化では、こうした作業要素をできるだけ分解し、一定の条件で再現できるようにすることが求められます。

例えば、
 研磨角度を一定に保つ。
 研磨時間を管理する。
 同じ工程を繰り返し行う。
 上がりにばらつきが出にくい条件を整える。

もちろん、熟練者の技能を完全に置き換えることは簡単ではありません。 包丁の種類や使用状態、現場ごとの作業内容によっても求められる研磨は変わります。 それでも、これまで人の感覚に大きく依存していた作業を、一定の条件で再現できる仕組みに近づけていくことには大きな意味があります。

技能を人から人へ伝えるだけでなく、技術として再現する。 これは、技能継承の新しい形の一つと言えるのではないでしょうか。

3 品質のバラつきを抑える

包丁研磨の自動化によって期待される効果の一つが、品質の安定です。

手作業による研磨では、どうしても個人差が生じます。 熟練者が研いだ包丁と、経験の浅い作業者が研いだ包丁では、仕上がりに差が出ることがあります。 同じ作業者であっても、体調や作業量、疲労の程度によって、わずかな違いが生じることもあります。 現場では、そのわずかな違いが切れ味の差となって表れます。 切れ味が安定しなければ、作業者の使い心地にも影響します。切り口の状態や仕上がり品質にも影響します。場合によっては、歩留まりや作業効率にも関わってきます。
つまり、研磨品質のばらつきは、包丁だけの問題ではありません。製品品質や現場全体の安定性にもつながる問題です。 自動化された研磨では、同じ条件で作業を繰り返すことができます。 研磨条件を一定に保つことで、仕上がりのばらつきを抑えやすくなります。もちろん、自動化すればすべてが解決するわけではありません。 包丁の管理方法や使用状況、日々の点検も重要です。

しかし、研磨という工程そのものを安定させることができれば、現場全体の品質管理にも良い影響を与える可能性があります。

「品質を人の経験だけに依存させない。」
「誰が担当しても、一定の状態を維持できる仕組みをつくる。」

それは、技能継承が難しくなる時代において、非常に重要な考え方です。

4 人材不足への現実的な対応

食肉加工現場に限らず、多くの製造現場で人材不足が課題となっています。

 新しい人材を採用することが難しい。
 採用できても、育成に時間がかかる。
 育成した人材が定着するとは限らない。

こうした状況は、今後さらに多くの企業で避けて通れない課題になると考えられます。 包丁研磨の技能継承も、この人材不足の影響を大きく受けます。従来であれば、熟練者が若手へ時間をかけて教えることができましたが、現在は教える側にも余裕がありません。日々の生産をこなしながら、研磨技能まで丁寧に教えていくことは簡単ではありません。

さらに、包丁研磨は短期間で身につく作業ではありません。刃の状態を見極め、適切に研ぎ、安定した切れ味を維持するには、経験の積み重ねが必要です。つまり、技能継承には時間がかかります。しかし現場には、そこまで待てない事情があります。 明日の生産があり、今日使う包丁があります。かつ品質を落とすことはできません。

そのような現実の中で、自動化は人材不足への対応策の一つになります。

 「限られた人材でも、一定の研磨品質を維持できる仕組みをつくる」
 「熟練者がいなくなっても、現場の品質を急激に落とさない」
 「教育が追いつかない部分を、設備や技術で補う」

それは、人を減らすための自動化ではありません。人が足りない時代に、現場を守るための自動化です。

5 技能継承は「人から人へ」だけではない

技能継承という言葉を聞くと、多くの人は熟練者が若手へ教える姿を思い浮かべるかもしれません。

もちろん、それは今後も大切です。現場でしか伝えられないことがあります。経験を持つ人だからこそ教えられることがあります。 人から人へ受け継がれる技能の価値は、これからも変わりません。 しかし、それだけに頼ることが難しくなっているのも事実です。 人材不足が進み、教育時間が限られ、熟練者の退職が進む中で、従来の方法だけでは技能を守り切れない場面が増えています。 これからの技能継承には、複数の方法を組み合わせる考え方が必要です。

 教育する。
 マニュアル化する。
 標準化する。
 データとして残す。
 そして、技術として再現する。

これらは別々の取り組みではありません。

すべてが、技能を未来へ残すための手段です。 自動化は、その中の一つに位置づけることができます。熟練者の技能を否定するのではなく、その技能が現場から失われないように支える。人が担うべき判断や管理は人が行い、繰り返し安定して行うべき作業は設備が支える。そうした役割分担によって、技能継承の形は変わっていくのではないでしょうか。

技能は、人だけが抱え込むものではなく、組織として残していくものへ。
そしてこれからは、技術もまた技能継承を支える存在になっていくのです。

 

6 “包丁研磨の自動化”という選択肢

包丁研磨の自動化は、こうした技能継承課題に対する一つの選択肢です。

すべての現場に同じ方法が当てはまるわけではありません。 現場ごとに扱う包丁も違います。作業内容も違います。求められる切れ味や研磨条件も異なります。 だからこそ、自動化を考える際には、単に設備を導入するだけではなく、現場の課題を整理することが重要になります。

 何に困っているのか。
 どの工程でばらつきが出ているのか。
 どの技能が属人化しているのか。
 どの部分を自動化し、どの部分を人が管理するのか。

こうした点を明確にすることで、自動化はより現場に合った取り組みになります。 包丁研磨の自動化は、熟練者の経験をすべて機械に置き換えるものではありません。 しかし、研磨品質を安定させること、作業のばらつきを抑えること、人材不足の中でも現場を維持すること、そして、技能継承の負担を軽減すること。 そうした課題に対して、有効な手段となる可能性があります。

重要なのは、自動化を目的にしないことです。
目的は、
 「現場の品質を守ること」
 「技能を未来へ残すこと」
そのための手段として、自動化をどう活用するか。
そこに、これからの包丁研磨自動化の意味があるのだと思います。


本シリーズでは、食肉加工現場における包丁研磨作業の技能継承について考えてきました。

第1回では、包丁研磨が単なる作業ではなく、経験や判断を伴う技能であることを紹介しました。
第2回では、熟練者の高齢化や後継者不足、教育時間の不足によって、技能継承が難しくなっている背景を取り上げました。
第3回では、技能継承が停滞した場合に、品質や歩留まり、生産性、安全性へ影響が及ぶ可能性について考えました。
第4回では、教育、マニュアル化、標準化、データ化など、企業が取り組むべきことを紹介しました。
そして今回、自動化という新しい選択肢について考えました。

包丁研磨は、現場を支える重要な技能です。
その技能を未来へ残していくためには、人の教育も、標準化も、データ化も必要です。 そして時には、技術の力を借りることも必要になるでしょう。 技能継承とは、昔ながらのやり方をそのまま残すことだけではありません。 現場に必要な品質や技術を、これからの時代に合った形で残していくことです。

その一つの取り組みとして、当社では包丁自動研磨ロボット「とぎロボ」の開発を行っています。

人の技能を大切にしながら、技術によって支える。
そして、現場の品質を未来へつないでいく。
包丁研磨の自動化は、これからの食肉加工現場における技能継承の新しい選択肢の一つと言えるのではないでしょうか。

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